(観光名所の方はどうもシギショーラにあるらしい。)
ブカレストから北西に約100km、セタテアポエナリ(Cetatea Poenari)と呼ばれるトランシルバニアアルプスの南側にある。
山間で線路も引かれていない街。どうやっていくか。
ブカレストには公共のツーリストインフォメーションがなく「Hiltonで聞け」とガイドにあったので、泊り客でもないのに、昨晩のうちに聞いてある。ポエナリから南に数十キロ、クレタ・デ・アーガス(Curtea de Arges)までMaxi Taxiというマイクロバスが出ていて、そこからタクシー。時刻もバスステーションの場所も調べてプリントアウトしてくれた。有難うというと、「You are welcom, Madam.」。Madam付きだよ。さすがHilton!?泊り客でもないのにどうも有難う。
朝8時にAutogara Militari(アウトガラ ミリタリ)を出発。
15人程度のマイクロバスで揺られること2時間半。クレタ・デ・アーガスのとあるホテル前。客待ちタクシーが何台かあるうちの1台で30分行った谷間。
そして小さな売店が隣り合って2軒。ここがセタテアポエナリ。
見上げると頂に城が見える。
帰ってくるまでタクシーのおじさんは待っていてくれるそうだ。
「そこから登るんだ」的なジェスチャーで1500段弱の階段を昇る。
階段は意外にしっかりコンクリートで作られていて手摺りもあるので昇り易い。休憩なしに一気に上がると小さな小屋。なんだか少しお土産品もあるみたいだとのぞいていたら人が出てきた。
ここで城の入場料2レイと写真撮影代5レイを払う。
この城はドラキュラのモデルとされるヴラド・ツェペシュ(Vlad Tepes)が、父親と兄を殺したトルコ人達を幽閉した場所。
既に廃墟で、城壁から脇は崖。
向かいの山々や谷間を一望できて、空気も清々しい。
誰も居ない廃墟で、風の音を聞いたり、トカゲの観察を楽しんで、山を降りる。
途中ですれ違ったグループに、日本語を話す彼女が居る人と少し会話をして、「またね」でお別れ。「さよなら」はNot goodなのだそうだ。
行って帰って1時間。クレタ・デ・アーガスに戻るとお昼時。
あまりお腹も空いていないので、クレタ・デ・アーガスにあるという修道院群のいくつかへ。
メインであるEpiscopal cathedralは外装工事中。
金色に輝く祭壇と壁画は、これまで見た教会とは全く違った趣。
同じ敷地には緑の蔦が絡まった赤レンガのBishopric palace。
青が基調の内部装飾。信仰の品が売られています。
小さな村を散歩して、同じMaxi Taxiの運転手でブカレストに帰ります。
ブカレストの到着はガレ・デ・ノード。まだまだ日も高いので、バスの中で縮んだ体を伸ばしに散歩。
1930年代にはLittle Parisとまで呼ばれるほどネオクラシック建築で花咲いた街だったのに、第二次大戦と1940年に起きたマグニチュード7.4の地震、1977年に1391人が亡くなった二度目の地震でほとんどその面影も残ってないのだけど、広範囲に行けば所々に目を見張るモノがある。
Calea Victorieiを北上していくとNational History Musiumが右手に見える。
この界隈にはNational Bank of Romaniaを中心に栄えたところだそうだ。
直ぐ脇にあるアーケード、Villacrosse Passageは修復中の部分もあるけど、1890-91に建てられたそのままを残していて、当時と同様にレストランなどに使用されている。通りはThe National Bank passageとして長く知られていたとのこと。
今晩は夜行でルーマニアを出る。
ブカレストに到着した日に駅で寝台の予約をしようと窓口へ行ったら、「当日、車掌から買え!」と言われた。サービスもあったもんではない。サービスは期待せずともフレンドリーぐらいはあってもいいのでは?と思うんだけど。
出発は1時半。その時間まではホステルでシャワーを浴びたりして待っていることにする。
汗を流して最後の行き先、ブルガリアの黒海沿岸の町Varna(ヴァーナ)をリビングで下調べ。
隣に座って居たイタリア人らしき男性に10時手前、この辺りでルーマニア料理の店を知らないかと聞かれる。
かばんの奥へしまってしまったルーマニアのガイドブックをもう一度取り出し、適当にいくつか選んでホステルでもらった地図に書き足して渡す。
10時ごろに夕飯を食べに行くというのは、イタリアらしいと思った。夜はまだまだこれからだ。(笑)
12時すこし手前。あまり人気がなくならないうちに駅へ。
駅の待合室には多くの人が寝たり、食べたりして自分の電車を待っていた。
せっかく見つけた席に10分ほど座っていたけど、喉も乾いたし眠気覚ましに日頃は飲まないコーヒーでも、とホーム脇にある世界中どこにでもあるMのマークのフランチャイズに。じっと座っているとジワジワと汗が出てくる外とは違って店内はエアコンが効いている。
1時を過ぎてもお客さんも入れ替わり立ち代り。
そろそろ電車も来るだろうと時刻掲示板で確認。ヴァーナ行きをいう表示はないが、国境のGiurgiu行きがある。
ホームに入るには駅員に切符を見せなければいけない。
切符を見せてヴァーナへ行きたいことを告げると、そんな電車はないという。制服でもない普通の格好のおじさんが、手で胸を数回たたいて「まかせとけ」らしきことを言う。全く英語は通じない。
(ちなみにこのおじさん、全く普通の人ではなく、ちゃんと駅係員で身分証を見せてくれます。この身分証が本物かどうかは定かではありませんが。)
おじさんに連れられて、切符売り場の既に閉まっている国際線窓口へ。おじさんが窓を叩くと中から英語を解す、フレンドリーと言う言葉が辞書にないおばさんが出てくる。
「その電車は今日はないから明日の朝来い。」
なんだよ!当日車掌に予約しろって言ったやん!
おじさんも困っていたようだけど、一緒に時刻掲示板を見て「国境のGiurgiuへ行きがあるよ」といって指差すと、そのホームへ連れて行ってくれて車掌さんに話をしてくれた。
なんとかルーマニアを脱出できそうです。
1時半。電車は闇の中へ滑るようにブカレストから走りだす。
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